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広島地方裁判所 昭和45年(ワ)640号 判決

原告

尾熊タカヨ

被告

木原邦雄

主文

被告は原告に対し金五八万三、八六八円及びこれに対する昭和四五年六月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

この判決の第一項は仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の求めた裁判

一、原告

被告は原告に対し金三二五万六、八一一円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

(請求原因)

一、事故の発生

原告は昭和四三年一二月九日午前六時一五分頃、広島県安芸郡海田町保健所前の国道二号線の横断歩道上を海田駅方面から保健所側に向け横断歩行中、被告の運転する小型四輪乗用車(広五ひ二八八二、以下被告車という。)と衝突して転倒し、左頭部挫創、左下腿骨折等の傷害を負つた。

二、責任原因

被告は被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたものである。

従つて被告は自動車損害賠償保障法第三条により原告の蒙つた後記損害を賠償すべき義務がある。

三、原告の損害

原告は本件事故により前記のとおり傷害を負つたため、事故当日から昭和四四年一月一〇日まで塩田医院に、同日から同年九月二七日まで山本整形外科医院にそれぞれ入院加療し、山本整形外科医院を退院後も昭和四五年一二月三日まで同医院に通院加療し、労働者災害補償保険の障害等級七級に該当する後遺症がある旨の診断を受けた。

(一) 得べかりし利益の喪失額 金一七七万二、九四三円

原告は本件事故当時かき打ち業に従事し、年収金三四万六、四六五円を得ていたところ、本件事故のため五二一日間の休業を余儀なくされたので、その間に金四九万四、五四三円の得べかりし利益を喪失した。

治癒後も前記後遺症のため労働能力の五六%を喪失したが、原告は現在六一才であるから就労可能年数は七・二年であり、この間における得べかりし利益の喪失額から民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除して昭和四五年六月一八日現在の価額を算出すれば金一二七万八、四〇〇円となる。

従つて原告は本件事故により合計金一七七万二、九四三円の得べかりし利益を喪失した。

(二) 慰藉料 金三〇〇万円

原告は本件事故により前記のとおり傷害を負い、事故当日から昭和四四年九月二七日まで入院治療を、同月二八日から昭和四五年一二月三日まで通院治療を受けたが全治せず、労働者災害補償保険の障害等級七級に該当する後遺症が残つて転職も困難な状況である。これらにより原告の蒙つた肉体的精神的苦痛は甚大なものがあり、これを慰謝するには金三〇〇万円が相当である。

四、以上のとおり原告は本件事故により合計金四七七万二、九四三円の損害を蒙つたが、自動車損害賠償責任保険から後遺症に対する補償として金一〇一万円、被告から金五〇万六、一三二円受領しているので、これらを控除した金三二五万六、八一一円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

一、請求原因第一項中原告主張の日時に被告の運転する被告車と原告が衝突したことは認める。衝突の場所は否認する。衝突場所は海田保健所前の横断歩道上ではなく、同保健所の西方の交差点内である。

原告の負傷の部位は知らない。

二、同第三項中原告がかき打ち業を営んでいたことは否認する。その余の事実は知らない。仮りに原告主張のような後遺症があるとしても、右後遺症は医師の医療過誤によるものであるから、本件事故と因果関係はない。慰謝料は争う。

三、同第四項の原告が自動車損害賠償責任保険及び被告から原告主張の金員を受領したことは認める。

(抗弁)

一、本件事故は専ら原告の過失によつて発生したもので、被告には過失はない。

即ち、被告は被告車を運転して本件道路を広島方面に向け進行し本件交差点に差し掛つた際、対面する信号機が赤信号であつたので、最徐行して交差点に接近したところ、交差点の手前で青信号に変つたので加速して交差点内に進入し約一五メートル進行したところ、右前方約五メートルのセンターライン付近を原告が右から左に小走りに横断しているのを認め危険を感じて急制動の措置を講じたが及ばず衝突したものである。

右のとおり本件事故は原告が信号を無視して本件交差点内を横断しようとしたため発生したもので、被告には過失はない。

また被告車には構造上の欠陥、機能の障害はなかつたから、被告には原告の損害を賠償すべき義務はない。

二、仮りに右主張が理由がないとしても、被告は昭和四四年四月末頃原告と、従来被告が支払つて来た治療費、将来の治療費及び既に支払つている慰謝料以外に、休業補償として金一六万〇、八四〇円、慰謝料として金一一万三、〇〇〇円を支払う、原告は右以外には一切請求しない旨の示談契約が成立し、被告はこれを履行済である。

三、仮りに右主張が理由がないとしても、本件事故発生については前記のとおり原告にも過失があるから損害賠償額の算定につき右過失を斟酌すべきである。

(抗弁に対する認否)

一、抗弁につき本件事故発生について原告に過失のあつたこと、被告に過失のなかつたことは否認する。

二、同二につき示談契約が成立したことは否認する。

三、同三につき原告の過失は否認する。

第三、証拠関係〔略〕

理由

一、請求原因第一項中原告主張の日時に被告の運転する被告車と原告が衝突したことは当事者間に争いがない。〔証拠略〕によれば、衝突の場所は広島県安芸郡海田町海田保健所西方の交差点西側の横断歩道上であることが認められ、右認定に反する〔証拠略〕はたやすく措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はなく、〔証拠略〕によれば、原告は本件事故により左頭部挫創、左肘部挫創、両膝関節挫傷、左脛骨骨折、左肩押部挫傷の傷害を負つたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

二、被告が被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたことは被告の明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなすべきである。

そこで被告主張の自動車損害賠償保障法第三条但書の免責の抗弁について判断する。

〔証拠略〕を総合すれば、被告は被告車を運転し時速約三五キロメートルの速度で本件道路を広島市方面に向け進行中、海田保健所前の信号機が赤信号であつたので減速して進行していたところ、同保健所前付近で対面する信号機が青信号に変つたので加速して進行し、途中対向車と離合し約一五メートル進行したとき約五メートル前方の横断歩道のセンターライン付近を右から左に向つて小走りに横断している原告を発見し、危険を感じて急制動の措置を講じたが及ばず衝突したこと、原告は右横断歩道を横断するに際し、前方の信号機が青信号であつたので横断を始めたが、途中赤信号になつたにも拘らずなおも小走りに横断していたところ被告車と衝突したものであることが認められ、右認定に反する〔証拠略〕はたやすく措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、被告には前方不注視の過失があつたものといわなければならない。

従つて被告には自動車損害賠償保障法第三条により原告の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

次に被告主張の示談契約が成立した旨の抗弁について判断する。

原告と被告との間で示談契約が成立した旨の被告本人尋問の結果は原告本人尋問の結果に対比したやすく措信できず、〔証拠略〕によつても原告の全損害について示談契約が成立したものとは認められず、他にこれを認めるに足る証拠はないから、被告の示談契約が成立した旨の主張は理由がない。

三、原告の損害

〔証拠略〕を総合すれば、原告は本件事故により前記のとおり傷害を受けたため、事故当日から昭和四四年三月一日まで塩田医院に、同年三月一日から同月二〇日まで山本整形外科医院にそれぞれ入院加療し、昭和四五年一二月三日まで山本整形外科医院に通院加療したこと、同年五月一三日広島赤十字病院で左下腿骨折変形治癒、左上腕首不全骨折、左関節部硬直、頸部打撲の後遺症があつて、労働者災害補償保険の障害等級七級に該当する旨の診断を受けたこと、原告は本件事故当時かき打ち業に従事し平均一年間金三四万六、四六五円の収入を得ていたが本件事故により負傷したため以後稼働していないこと、原告は現在六一才であることが認められ、右認定に反する被告本人尋問の結果は措信し難い。

一、得べかりし利益の喪失額

〔証拠略〕によれば、原告は被告から昭和四三年一二月九日より昭和四五年四月三〇日までの休業補償を受けていることが認められるから、前記のとおり原告は現在六一才であつて原告の前記職業によれば、今後なお七年間は就労し得るものと思料されるので、五六%の労働能力を喪失したものとしてホフマン式計算方式により民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除して昭和四五年五月一日以降の得べかりし利益の喪失額の本訴状送達の日の翌日であること本件記録上明らかな同年六月二四日現在の価額を算出すれば金一一三万九、七四一円(円未満切捨)となる。

二、過失相殺

前記認定の如き本件事故の態様に徴すれば、原告にも左右の安全の確認を怠つた過失が認められるので、かかる過失を斟酌して右得べかりし利益の喪失額のうちその約六割に当る金七〇万円を被告に負担せしめるを相当と認める。

三、慰謝料

前記の如き原告の負傷の部位程度、入通院期間及び後遺症等によれば、原告が甚大な肉体的精神的苦痛を蒙つたであろうことは推察するに難くなく、右事実に原告は被告から事故当日より一一三日分の慰謝料として金一一万三、〇〇〇円受領していること、原告の過失その他記録上認められる諸般の事情を考慮すれば、原告の右苦痛を慰謝するには金一四〇万円をもつて相当と認める。

四、従つて原告は被告に対し本件事故により金二一〇万円の損害賠償請求債権を取得したものというべきところ、原告が自動車損害賠償責任保険から後遺症に対する補償として金一〇一万円被告から金五〇万六、一三二円受領したことは当事者間に争いがないから、これを控除すると金五八万、三、八六八円となる。

五、よつて原告の本訴請求は金五八万三、八六八円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四五年六月二五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡田勝一郎)

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